もう出会い系歴もだいぶ長くなった。
どのくらい長いかと言うと、始めたのがiPhone3GSの頃だよ。
今でこそほとんどをいい出会いにできてる僕だけど、昔はだいぶハズレを引いては涙をこぼしたものだ。
その中で一番しんどかったのは新横浜で会ったある女。10年経っても思い出す。
もはや募集の文面も忘れたけど、まぁ割り切りで会うことになったわけです。
プロフ写真は口元が隠れててピンぼけ気味だったけど、普通体型でそこそこ可愛い雰囲気、20代前半。

新横浜駅で待ち合わせ。
約束の時間に5分遅れてメール、その後15分待たされて、どうやら歩道橋の向こうからそれらしき女が歩いてきた。
白とピンクの、控えめに言えば可愛い系、ストレートに言うとブリっ子な服で現れたその子は、目元が整っていてなかなか可愛く見える。
マスクの下から聞こえる「遅れてごめんね」の声がややしゃがれているのが少し気になったが、コートの中に確かな存在感を見せる胸。
胸。
20分遅れにやや腹が立っていたけど気を取り直してホテルへ。
大した会話もなくホテルのロビーに着くと「この部屋がいいー!」などと、そこそこの値段の部屋を勝手に選びやがる。
「まぁいいや、このあと時間いっぱいまでヒィヒィ言わせたるわい」と思い部屋に入ると、靴を脱ぐなり前払いを要求してくる。
当時まだピュアだった僕は前払いが当たり前だと勘違いしていたので、素直に約束の苺を渡した。
かくて地獄の門が開いた。
目的を果たした女はここでようやくマスクを外し、少し微笑む。
うーん、正直、口元が残念すぎる…
ほうれい線もかなり気になるし、色の悪い不健康そうな唇だ。これハズレ引いたかな…
ズボンの中で萎えていくチンポのことも知らずに、女はどんどん脱ぎ始める。
コートを壁にかけ、そのままこちらに背を向けてスカートを下ろす。ひどく事務的な動きだ。色気も官能も感じられない。
出てきた尻。
擦り切れたパンツに包まれた、貧相な尻。全てが汚い。
ちんちんはすっかり萎れてしまった。
ややあって、ブラウスのボタンを外し終えたようだ。もう胸しか楽しみがねーな、これ…と思っている僕の視線の向こうを、黒いブラが横切って、彼女が正面を向いた。
悪戯っぽい微笑みに、精一杯口角を上げて応じる。
多少期待外れでもこれから一線交える女。がっかりした顔を見せては気の毒だ。
彼女の手がゆっくりと背中に回り、ブラのホックを外す。
ドンッ
勢いよく落ちた黒い物体をおもわず目で追う。
うん?ブラ?だよな??
混乱しながら視線を上げると
不思議なものが見えた。
あぁ、これはN田くんだ。
同じ卓球部で、痩せ気味で、あばらが浮いてて、そのくせなんか乳首がデカい、修学旅行の風呂でみんなにからかわれた、あのN田くんの胸板だ。
なぜか学生時代の走馬灯が重なった。
即座に理解できない光景に、脳みそが辻褄を合わせようとしたのか。
幾重にもパットが詰まったブラ。さぞ重かろう。
それが巻かれていた胸は、胸と呼ぶのも口惜しい。
肋骨だ。洗濯板だ。まな板だ。屏風岩だ。
呆然とする僕に、しじみの佃煮みたいな乳首の持ち主は言った。
「 XXXXXXXXX 」
なんて言われたのかは覚えてない。
その言葉の出所しか頭に入ってこなかった。
「ニチャア…」と開かれた口、粘っこく糸を引く唾液、そしてシンナー中毒者のような、すきっ歯。
黄色とも灰色ともつかぬおぞましい色の歯、歯、歯。どう見ても、溶けている、歯。
ドブ色の吐息が見える。迫ってくる。顔にかかる…
瞬間、僕はかつてない勢いで首を振った。
「無理無理ムリムリ!」
「悪いけど無理だわ、キャンセルキャンセル!さっきのお金返して、こんなん無理だわ全然違うわ!」
慌てる僕に、女の絶望的な声が被さる。
「えー、ここまで来てそれはないでしょ、お金は絶対返さないよ、さ、しよ」
「いやいやいやいやいや無理無理無理無理、や、ほんと駄目だわ無理帰って」
「じゃあ0.5だけ返す、あとはキャンセル料だよ」
「いや無理駄目でしょそれは、なんなのその口、はぁあ‼︎? いいから全部置いてけよ‼︎‼︎」
「 XXXXXXXX XXXXX ‼︎‼︎! 」
「 XXXX XXXXX XXX ‼︎‼︎ 」
毟り取りたい女と、びた一文出したくない僕。
お互い半狂乱で罵り合い、はてにそいつは
「ヤダァァァァッッッ!!!!!」
涙目で絶叫した。
ドアの前に立ちはだかり、僕を逃すまいとする姿はモーロックのようで、改めて僕を恐怖に陥れた。

その声で、やや冷静に戻った僕。
「分かった、じゃあ0.5をキャンセル料と交通費としておいて行くから残りは返してくれ」
もう一刻も早く解放されたかった。
モーロックは条件を飲み、鞄の元へ歩いて行く。
持ってきた諭吉をひったくり、そのまま睨みつけながら、背中を見せないようにしてドアを出た。
前払いのホテル料金とキャンセル料。ちくしょう。ドブに捨てた。ちくしょう。
頭の片隅でそんな思いがグルグル回るが、脳の大部分は恐怖から逃れることを優先していた。
背後を警戒しながら、目立たぬよう、決して走らず、それでいて最短経路で駅へ。
電車を待つ間も周囲を警戒。
もはや新横浜という街が怖かった。
地元の駅に直行するのが怖くて、途中で無意味な乗り換えをし、遠回りして帰った。
ラーメン屋に入り、食券を買おうと財布を開き、失ったものに落ち込むが、暖かいスープを啜って、ようやく安堵のため息が出た。
やめよう、もう出会い系なんざ金輪際やめよう。
その場でワクワクメールの退会処理をした。
ついでに、当時使っていたその他の出会い系サイトも退会した。
出会い系は所詮アングラ。出会い系は怖い。
これほど骨身に染みた夜はなかった。
しかしまた、性欲も怖い。性欲は正常な判断力を失わせる。
ふた月も経たぬうちに、僕は再度、ワクワクメールを開いていたのである・・・。
ちなみに「タイムマシン」はマジで名作なので読んでほしい。
読書しない男子はモテん。